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2007年10月05日

横浜市について、知っておこう!

横浜市は、東京都心から南へ約30km、東京湾に面した都市である。市政の中心地は関内地区(中区の関内駅周辺)で、市域の中央駅は横浜駅(西区)[2]。経済活動の中心は関内地区から約3km北の横浜駅周辺地区へ移っており、両地区の中間に位置する横浜みなとみらい21地区(桜木町駅周辺)の開発を進めて、中心部の一体的な発展を図っている。

市域は、鎌倉に幕府が置かれた鎌倉時代から本格的に開発され始め、江戸時代には幕府が置かれた江戸に近いため、幕府直轄地や旗本領が大部分を占めた。横浜市内唯一の藩として六浦藩がおかれた。また、鎌倉幕府の海の玄関口として六浦湊(金沢区)が、江戸湾(東京湾)内海交通の要衝として神奈川湊(神奈川宿、神奈川区)が、早くから栄えた。江戸時代末期には、神奈川湊沖で締結された日米修好通商条約により、「神奈川」を開港場にすることが定められた。実際には神奈川湊の対岸にある横浜村[3](現在の中区関内地区)に新たに港湾施設が建設され、短期間に国際港の体裁を整えた。1859年7月1日(旧暦:安政6年6月2日)に開かれた横浜港は、「金港」とも呼ばれ、生糸貿易港、商業港、旅客港として、また工業港として、横浜を日本の代表的な国際港都の一つへと発展させる礎となった。


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2007年09月10日

横浜みなとみらい21

私は昔港北区の日吉に住んでいたのでみなとみらいにはよくいきました。あの広々とした空間に潮のにおい、近未来的なビル、なんかとても居心地が良いものです。

今日は私が大好きなみなとみらいについて解説します。

横浜みなとみらい21(よこはまみなとみらい21)は、横浜市西区と中区にまたがる海に接している地域である。略称は、「みなとみらい21」、「みなとみらい」、「MM21」など。面積は1.86 km? (186ha)、そのうち埋め立て部は0.76 km? (76ha)である。

また、株式会社 横浜みなとみらい21は、横浜市、神奈川県、独立行政法人都市再生機構(旧・都市基盤整備公団)、地権者、地元経済界の出資により作られた第三セクターである。

みなとみらい地区は、横浜都心部の再生をめざしたウォーターフロント都市再開発によって建設されている街である。1980年代までは、当地には三菱重工横浜造船所、国鉄高島線の高島ヤード(操車場)・東横浜駅(貨物駅)・高島埠頭がこの地にあった。 この地域は横浜駅周辺と関内・伊勢佐木町という横浜のふたつの都心部に挟まれた位置であるため、この地域を都市再開発することで横浜都心部を一体化して再生しようという目論見のもと、横浜市の「都心部強化事業」として、就業人口19万人・居住人口1万人を目標として再開発が行われている。 これは、昼間人口や就業人口を増やすことで「東京のベッドタウン化」を改善し、地域社会や地域経済の活性化を目的とした施策である。 すなわち今日の東京一極集中から首都圏内展都という時代移行の中で、企業本社等の他都市からの誘致促進や、企業集積の波及として起こる新規起業の支援を目指している。

この地区の中核には、高さ296mの日本一高いビルの横浜ランドマークタワーがある。ランドマークタワー横の「ドックヤードガーデン」は、造船所で実際にドックとして使われていたもので、1997年(平成9年)12月に国の重要文化財に指定されている。

みなとみらい地区の整備は、あらかじめ決められた基本的方針によって計画的に行われており、21世紀にふさわしい未来型都市を目指して開発が進められている。電線・電話線(光ファイバー)は共同溝により、上下水道などと一緒に埋設され、さらに共同溝によるごみ収集、地域冷暖房を導入しており、省エネにも配慮している。そして、全ての通りに街路樹が植えられ、建設される建物は白を基調とし統一感を持たせている。

当地区の道路は、「みなとみらい大通り」・「国際大通り」の2本の大通りと、それらを結ぶ、さくら通り、けやき通り、いちょう通り、すずかけ通り、とちのき通り(整備中)で構成されている。その他に、キング軸(整備中)・クイーン軸・グランモール軸という三つの軸が整備されており、これらは歩行者専用である。また、国際大通り地下には「臨港幹線道路」という、横浜港を周回する道路が整備されている。山内埠頭方面へ至る橋も架けられてはいるが、他の地区の整備が終わっていないため開通はしていない。

■歴史

日本丸1965年 - 同地区の再開発構想が出る。
1981年 - 一般公募で事業名が「みなとみらい21」に決定。
1983年 - 「みなとみらい21」事業着工。
1985年 - 「日本丸メモリアルパーク」一部完成、帆船日本丸を一般公開。
1989年
動く歩道完成。
横浜市制100周年、開港130周年を記念して「横浜博覧会(YES'89)」開催。動員数1333万人。以後、同地区の開発が本格化。

まだみなとみらいにきたことがない方は是非来てくださいね!デートにもお勧めですよ!